夢は夢ではない

夢は夢ではない

持った夢

なんだかこのテーマは自叙伝のようなことになりそうです。本当は、皆さんも頑張ってくださいとの内容にしたいのですが、まあ、そこのところは皆さんの受け取り方にお任せしましょう。

小学生のころの夢

夜見る夢はどんな夢だったかもう忘れてしまいました。 でも子供のころはとにかくいろいろのものを作ることが好きでした。そういう意味では毎日あれを作りたいな、これを作りたいなと言うことが夢であったという こともできるでしょう。
田舎のことですから遊ぶのは屋外の全ての所です。道路はもちろんのこと、畑や刈取り後の田圃などどこでも走り回りました。
山、と言っても家のすぐ前の里山のことですが、山に行って手ごろな枝を折ってきて友達とチャンバラごっこです。
雨降りには一人で何か作っていましたね。のこぎりやナタ、それに切り出し小刀などを使うことができましたので大体思うものが作れました。
両親は、私の気づいていない私の夢を読み取ったようです。
「子供の科学」という本を、確か月刊誌だったと思いますが、毎月買ってきてくれました。
傑作だったのがラムネです。
その本の通り作って、味見を父親にやらせました。そうしたら一口飲んで、バッと吐き出してしまいました。
砂糖を入れ忘れたのです。ただの炭酸水みたいだったのでしょう。「こんなラムネなんか飲めないよっ」と怒られました。
5年生になって、夏休みの宿題に小型扇風機を作りましたら、大変ほめられ、小学生の代表として県大会にまで出品され、新聞にも載りました。
そのころから自分が何になりたいのか夢をつかみ始めていたようです。

中学、高校のころの夢

中学の終わりごろには電気関係の人になるか、数学の先生になるか迷いました。まだ人生の夢は固まっていませんでした。
固まった夢ではありませんが、そのどちらかであると決めかねていただけで、二つの夢のうちどちらにしようか決めかねていたのです。
そうして高校に入り、中ごろになって私は決めました。
数学は得意科目であるのに対し、電気のことは好きだったのです。電気のことは物理学の中に出てきますが、その物理学も得意科目でした。
得意な道を選ぶのではなく、好きな道を選ぼうと決めました。
私は将来電気関係の道に行くとの夢をはっきり持ったのです。
さて、その夢を持ったことは良いのですが夢の実現のためには大学に行かなくてはならないとカン変えました。
昔のことですし、町内と言っても田舎のことですから、この町内では大学へ行った人など誰もいません。
夢を決めたことは良いのですが、その道を歩いていくことはなかなか大変なことが分かりました。電気の試験だけで大学に入れるわけではないからです。
土蔵の中は夏でも涼しいのです。厚い土壁に守られているからでしょうか。私はその土蔵の中で必死に勉強しました。
夢実現のためにはそういうことも必要なわけです。
勉強ばかりしているわけにもいきません。たまには雑誌の生き抜きも見ます。 その雑誌に文通希望の欄があり、そこから一つのが始まりました。

大学のころの夢

憧れの夢実現に一歩近づけました。理工学部電気工学科に入ることができたのです。
大学は遊べるところだと思っていましたが、いや、違っていました。やっぱり不得意な科目も合格しないと卒業できないのです。
卒業できなければ夢は本当に夜の夢になってしまいます。
入学のとき特別な条件で入りましたので、授業料は不要でした。しかしある程度上位に居ないとそれが取り消されてしまいますから大変だったのです。
青春時代の真っ最中ですから、人並みに恋もしました。勉強と両立させるのに苦労しまたね。
ワープロなどありませんから、卒業論文を手で書かなければなりません。
ところが私の字はとても読めたものではない下手くそなのです。
本当は自筆でなくてはいけないのですが、原稿を私が書いて、代筆してもらったのです。(もう時効だと思いますから白状してしまいます)
それは別として、電気関係に行くという夢は大きすぎました。ここまで来てそれが分かったのです。
情報通信の関係から家電メーカーなど色々あります。自分は何が好きなのだろうということをもう一度自分で確かめてみたわけです。夢の方向を正確に定める必 要があったわけです。それはどの道が自分が好きになっている道なのだろうかと言うことですが、その夢の方向決定にはもう一つ別の条件がありました。
好き嫌いだけではなかったのです。
自分に適するかどうかです。自分の性格から見た場合、大メーカーに行くべきか中小企業に行くべきかを決めることです。
私はこの点はあまり迷いませんでした。自分の好きなことを好きなようにやれるのは大メーカーではないと思ったからです。
先生に私の夢をお話ししました。
あまり注目されていない中小企業で、電気関係の効きを設計開発したいのですと。
4年生のまだ夏休み前でした。「君、ここはどうだね」と、一発で決まってしまいました。夏休みはその会社で実習でした。
結局、私の望んだ夢そのものの会社で、申し分ありませんでした。

会社に入ってからの夢

会社の開発基本方針
  人のやっているものはわが社はやらない
  儲かるものを作るのではない、お客さんが喜んでくれるものをつくるのだ
ということです。
同じ作用、機能を発揮させるのに、今まで誰もやったことのない方法でそれを実現し、しかもその方法と言うのが安価にできる方法であるということです。
今までにない方法で安価に出来れはお客様は喜んでくれます。
要するに、社会に貢献するための道を説いているのです。
いや、嬉しかったですね。私のやりたかった夢そのものです。製品開発は私に任されたのです。
自分の好きなようなものを作り出すことが許されているのです。
でも、でもです。
そんなに簡単にできるわけがないのです。失敗の連続ですし、結婚して子供もできましたが寝顔しか見ていない時期もありました。夜中の1時過ぎに帰ってき て、朝7時には家を出ました。時には二晩続けて徹夜ということもありました。
でも、またでもですが、完成した時の喜びは言いようがありません。これほどうれしいことはないのです。
さらに、お客様が使っていられるのを見れば涙が出てきます。苦労したなぁ・・と思いながら。
特許も数えきれないほど出願しましたし、いくつも実用になっています。
夢がここにきて実現できたのです。
自分の人生を振り返ってみて、夢を実現することは夢ではなかったのです。
夢は夢ではないのです。
道を定め、努力して歩めば必ずその夢に到達できるのだと思います。